東京エフニブ

光景

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EOS M5 EF-M22mm f2 EF-M18-150mm f3.5-6.3

今年は、10月になってもまだ暑さが残っていた。

その頃、写真家 中藤毅彦さんの写真展 White Noise を六本木にあるギャラリーで拝見した。
これまでの東京と、これからの東京について考えるための良い示唆を頂いた。
とても良かった。

自分は、街の変化を撮るのではなく、街の変化は普遍的に進行しているのだから、自分がそこに居たという
ことを表現することが、自分の写真とは何か、についての解のひとつなのではないか、という思いがさらに
強くなってきた。

ギャラリーを出ると、眩しい西日と印象的な雲が出ていた。
撮影を開始した。

六本木界隈を撮影するのは久しぶりだった。
とても良い気分になった。

日が暮れたところで、撮影は終了となった。

渋谷行きのバスに乗るために、麻布警察署の前にあるバス停を目指して歩いた。

ふと、その近くにある青山ブックセンターに寄って、写真集と洋書を見てから帰ろうと思った。

警察署の隣にあったはずだが、青山ブックセンターは見つからなかった。

もう一度、慎重に探してみると、小さな貼り紙があった。

そこには、6月末に閉店したという内容が書かれてあった。

ショックだった。とても残念だと思った。

渋谷行きのバスが来た。バスに揺られながら、また昔のことを思い出した。

ーーーー

バブル景気が始まるすこし前、渋谷から歩いて青山にあるパイドパイパーハウスで輸入盤のレコード
を、買いに行っていた。

あの頃は、いつも28mmのレンズを使っていた。そのまま骨董通りから六本木まで歩いて街を撮影する
ということもあった。

六本木に着くと、青山ブックセンターで写真集を眺めた。

自分は、ここがお気に入りの場所だと思った。


金曜の夜は、いつも残業だった。

その後は、家に着くと玄関には入らずに、自分の車のエンジンを掛けた。

気晴らしに夜の街を流す。

気がついたら六本木の近くまで来ていたので、路駐して青山ブックセンターに行ってみたら、
深夜にもかかわらず営業していた。

写真集を眺めてから、文庫本を一冊買った。この時間でも、店内は混んで賑わっていた。

麻布警察署の前の入り口に近い場所以外は、深夜は斜め駐車が夜の六本木の常識だった。

あの当時は、その後、六本木カローラと呼ばれるようになる西独車に乗っていた。
直列6気筒で5速のマニュアルミッションだった。

青山ブックセンターから車に戻った。帰りは首都高に乗った。
バブル景気が始まる頃までは、深夜の首都高環状線は空いていた。

自分は、環状線を走る時は、マニュアルミッションのギアは3速までしかシフトアップしないで、
エンジンとの対話を楽しんだ。

アクセルを踏み込むと、エンジン音がクーンという音を発するのが気持ちよかった。

今だから言えるが、環状線を2〜3周して楽しむこともあった。

とても心地よい疲労感が得られた。

家に着くとシャワーを浴びて、ウィスキーをロックで飲みながら、買ってきた文庫本を読み始める。
夏だとすぐに空が白みがかってくる時間になった。

そして心地よい眠りに落ちていった。

ーーーー

思い出の場所が、またひとつ無くなってしまった。

しかし、自分の写真への考えは変わらないと思った。

その時、そこに居たということ。






 






 

















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# by f2view | 2018-12-09 19:20 | 東京